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前立腺がん体験記

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 結果オーライの前立腺がん体験記

  • 始まりは市で行う健診結果でした。
  • 2012年9月、前立腺の検査結果がPSA 10.76 でした。要精密検査ということで隣町の開業医を
  • 紹介され受診しました。
  • ひと通り前立腺肥大の検査を行い、異常がないことを確認後がん検査のための針生検を勧められました。
  • 実感としては勧められたと言うよりは、どうしますかと問われた気がしました。
  • この時は簡単に終わる検査と思い快諾しました。しかしその後、看護師さんから検査時の注意事項を
  • うかがい、検査後1週間は安静期が必要ということを知り、心に迷いが生じました。
  • というのも、この時期私はトライアスロンへの挑戦という目標を追っていたからです。
  • 前年からスイミングスクールへ通い出し、まだ50mを泳ぐのが精一杯という段階でした。来夏までに
  • 1km近くを泳げるようになるためには、1週間のブランクを容易には受け入れられなかったのです。
  • 帰り道に本屋さんに寄り、前立腺がんの本を立ち読みしたところ、PSA10までは、がんであるか
  • 否かはレイゾーンであること、またPSA検査は敏感すぎるきらいがあるとまで書いてありました。
  • PSAが何であるのか良く分かっていなかった私は、10.76も 10 と大差ないだろうと勝手に解釈し、
  • 家に帰ってから針生検の予約をキャンセルしてしまいました。
  • このときの気持ちの背景には、現在すでに66歳であり、50歳からずっと続けてきた市民マラソンに
  • 相当な衰えを感じており、来年を逃したらもうトライアスロン挑戦を諦めなければならないかもしれない
  • という切迫感がありました。
  • そして何事もなく1年間練習に励んだ結果、2013年8月と9月のトライアスロンを無事完走できました。
  • ここでちょっとトライアスロンに関する誤解を解いておきたいのですが、世間の認識ではトライアスロン
  • といえば鉄人レースをイメージするようですが、大会にはいろんな種目があり、私の走る距離は鉄人レー
  • スとはかけ離れたものです。
  • 水泳から自転車に乗り継いだりするので、短距離種目の場合フルマラソンより楽に感じます。
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    •  <沼津千本浜トライアスロン(ラストの方なので独り舞台です)>
 
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  • 問題はその直後の市の健診結果です。
  • PSA 21.77 という結果をみて戦慄が走りました。PSA10までがグレイゾーンとして、この数値はなにを
  • 意味するのか。早速、前立腺 がんの本を買い求めて読み進めました。そこにはあまり希望のもてることは書いて
  • ありませんでした。
  • 1年間でPSAが倍になる場合はがんの可能性が高いこと、というよりこの数値はすでにがんがかなり大きく
  • なっている可能性が高いこと、また治療できてもQOL(クオリティ・オブ・ライフ)に問題がありそうなこと
  • が書かれていました。
  • その後もいろんな本をあさるうちに、藤野邦夫著「前立腺ガン 最善医療のすすめ」実業之日本社という本に
  • 出会いました。13年6月発行となっていたので出版されて間もないようでした。
  • 唯一この本に高リスク前立腺がんでも完治率の高い治療法があることが紹介されていました。そして何より、
  • 治療後のQOLの高さが魅力でした。
  • それはトリモダリティという、放射線の内部照射(小線源療法)+外部照射+ホルモン療法という3種類の治療法
  • を組み合わせたものでした。
  • これしかないという思いを胸に秘めつつ、前年と同じ開業医に行き精密検査を受けました。検査の手順は前回と
  • 全く同じで前立腺肥大の確認から始まる非常にまどろっこしいものでした。
  • というのも前立腺がんの進行は遅いというものの、他臓器への転移がある場合は上記のトリモダリティは行えない
  • からです。
  • この間気があせり、検査の遅さに不平たらたらでした。食事も欧米食圏に前立腺がんが多いということで、
  • 徹底的に肉類を食べないようにしました。
  • やっと昨年すっぽかした針生検を受けることができ、がん確定の結果がでたのは1ヶ月後の10月11日でした。
  • グリソンスコア 4+3の7でした。
  • そこから地域の拠点病院を紹介され、CTスキャン、骨シンチなど他臓器への転移の有無を確認する検査を行い、
  • 陰性という結果を得てほっとした次第です。
  • 医師から放射線治療になることを告げられ、スケジュール等の簡単な説明を受けました。
  • そこで「治りますか。」と聞いたところ、「半々だな。」という返事でした。
  • 前立腺がんはすぐに死ぬものではなく、ホルモン療法という延命治療もあるせいか、なんと切迫感のない返事で
  • あることか。
  • この治療を受けた人の半分は再発に怯え、ホルモン療法が効かなくなった時の不安を受け入れなければならない
  • のです。
  • 後にも思いを深くしたのですが、これが前立腺がん治療の現状なのです。
  • これで私の覚悟がきまりました。
  • 実はトリモダリティ治療しかないとは思っていたものの、本に紹介されるような高名な先生に診てもらうことなど
  • できるのだろうか、また遠方での治療に問題はないだろうか、という一抹の不安が残っていたからです。
  • 念のためインターネットから滋賀医大の「前立腺癌密封小線源治療」という資料を印刷持参していたので、完治
  • 半々であるのならこの治療を受けたいと申し出ました。先生は最初、どこへ行っても同じだよという言い方をされ
  • ましたが、資料に目を通すうちに、高リスクでも治療可能であると書かれたところに目を留めていただき、本人が
  • 望むならということで紹介状を書いてもらうことができました。
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    •     <滋賀県大津市の義仲寺 芭蕉の墓がある
     蕉翁の
      杖の曲がりや
         虎落笛
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  • 滋賀医大での治療は12月18日から始まりました。
  • 先生にお会いしてすべての杞憂が吹き飛びました。まず第一声は「大丈夫治りますよ。」でした。
  • 本での知識はあったものの、実績に裏打ちされたこの言葉に、助かった、これで第二の人生が開けたと思いました。
  • これは患者や家族にとって非常に大きなことです。この時家内も同席していましたが、安堵のためか涙を流して
  • ました。
  • もし1年目の健診結果で中途半端な治療をしていたら、もし医師に言われるがまま放射線治療を受けていたら、
  • 事あるごとに再発に怯えて暮らしていかなければならなかったと思います。
  • もちろん再発は5年、10年の単位のことですから私も再発しないとは言いきれません。しかし何故かこの先生に
  • 診てもらって再発したのなら、それは仕方のないこととまで思えました。
  • 遠方からの患者さんも多いということで配慮が行き届いており、例えば放射線の外部照射は平日の25日間
  • 毎日通う必要があるのですが、これは地元の病院でも行うことができるという説明があり、私の場合そのように
  • しました。
  • またMRIを撮っていなかったので、急遽予定をいれてくれるなど非常に迅速な対応をしていただきました。
  • トリモダリティ治療法の経過は前出の本に詳しく書かれていますが、ホルモン療法開始後は来院の頻度は3か月に
  • 1度ぐらいでした。
  • 私は瀬田の安宿をとり、来院の前日は家内と京都見学をするなど、治療というよりは小旅行の気分でした。
  • 小線源の埋め込み時には4日間の入院が必要でしたが、体への負担は信州で行った針生検よりも楽に感じました。
  • 2015年3月現在、最後のホルモン治療薬が終わり気持ちの上では、これで前立腺がんは治ったと信じています。
  • 高リスクになるまで治療を1年延ばしたために、かえって良い治療を受けることができたという、まさに結果オー
  • ライの体験であったと思っています。
  • 何はともあれ、お世話になった先生方、看護師さん、支えてくれた家族に感謝いたします。
  • 一人でも多くの方にこのような治療法があることを知っていただきたく、このサイトを開設した次第です。
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