その後の経過

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夕空へ
 影絵となりぬ
     花すすき
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      高リスク前立腺がんであることを知り、治療に関する知識をある程度得たとき「これまで通りの生活はもうできなく
      なるのか、たとえ治っても尿漏れを心配しながら暮らさなければならないのか?」と暗い思いが頭をよぎったもので
      した。
  •   ところが先にもお伝えしたように岡本先生にお会いし、いっぺんに不安が吹きとびました。
  •   ただ治癒するだけでなく、「再びトライアスロンの完走を目指して挑戦する生活ができるかもしれない」という希望
      を持つことができました。
  •   実際に私の治療後の運動生活はどのようであったのか、以下に経過をお伝えしたいと思います。
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  •  再起への経過
  •   「再びトライアスロンを完走すること、これこそが私にとっての再起です。」
  • (1)治療終了から約半年間
  •   放射線治療が終わったのが2014年12月いっぱい、ホルモン療法の飲み薬が終わったのが2015年3月半ば、
      この間細々と散歩及び週2回のスイミングを続けていましたが、ひざの痛みと疲れやすさがあり、早くホルモン療法
      の後遺症から抜け出せないかと指折り数える日々でした。
  •   放射線課の先生に尋ねた時には半年から1年はかかるといわれていたので9月頃まではまともに走られるようにはな
      らないのだろうと思いつつ運動をつづけていました。
  •   後にいただいた男性ホルモンの数値をみると9月頃にはほぼ回復しているのが読み取れます。
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  •  男性ホルモン値の経過 

     

  • (2)治療後半年から2年(停滞期)
  •   しかし秋口になっても納得のいくジョギングができません。そもそも走れないのです。
  •   もう歳のせいで運動はだめなのか、それともホルモン療法の影響が残っているのか、こんな迷いの中でウォーキング
  •   またはスロージョギングを続けていました。
  •   年をまたぎ2016年になっても相変わらずでした。
  •   このまま終わるわけにはいかないという危機感もつのり、試行錯誤を重ねました。
  •   走れないのは気持ちの問題ではないのか、一度追い込まなければもとには戻らないのではないのかと自分を奮い立た
      せ、スローインターバルを取り入れたり走る距離を伸ばしたりしたところ、手ごたえがあり納得のいく走りができる
      ようになりました。治療後約1年のことです。
  •   ところがそれはいっときのことでした。すぐに反動が来て、元の疲れやすい走れない状態に戻ってしまいました。
  •   他に試みたのは、筋肉の衰えが原因ではないかとジムや家での自重筋トレに励みました。
      しかし、少し追い込めば翌日から疲れて走れなくなるの繰り返しで停滞の連鎖を抜け出せない感がありました。
  •   この疲労感がどうにかならないかと、疲労に関する情報を調べるうちに、抗疲労に効果があるという「イミダゾール
      ジペプチド」のサプリメントに行きつきました。いろんな商品の中で、最初だけはと高価な液体タイプのものを試し
      てみました。思い込み(プラセボ効果)のためか、最初から効果てきめんでした。追い込んだ翌日も疲れずに走ること
      ができたのです。
  •   これで一気に体力を戻すことができる、じきにもとのように走ることができるようになる、と思ったのですがそんな
      に甘いものではありませんでした。
      ほぼ毎日走ることはできているのですが、なかなか距離がのびません。
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  • (3)治療2年後
  •   そうこうしているうちに早2017年を迎えてしまいました。
      夏のトライアスロンに出場するためには遅くとも5月には申し込みを終えなければなりません。
  •   まだ自信をもって走れる状態ではありませんでしたが、ぎりぎり5月末にスプリント・ディスタンス(計25.75km
      コース)への申し込みをしました。
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